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モーツァルトの生涯(生い立ち・エピソード・伝記)

1 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 00:33:17 ID:djR7TH3X
モーツァルトの生涯、つまり生い立ちやエピソードなどについて語りましょう。
何歳の時何処を旅したとか、そこで誰と会って何したとか。
父レオポルトや母アンナ・マリアや姉ナンネルや妻コンスタンツェやハイドン兄弟やサリエリとの人間関係とか。
アロイジアに失恋したこととか。
モーツァルトの伝記みたいなものです。

2 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 02:39:07 ID:Ejywo0ss
本スレでもいいんじゃね?過疎ってるし

モーツァルト総合 KV10
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/classical/1254542819/

3 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 05:39:34 ID:djR7TH3X
>>2
だめだ。
ここはモーツァルトの生い立ちやエピソードなど伝記的な部分を語るスレにする。
曲や音楽論などを語るスレではない。

4 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 08:12:03 ID:Jz+FXf9f
>>3
じゃあ板違いじゃね?

5 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 09:32:28 ID:djR7TH3X
>>4
モーツァルトの生涯について語る板なんてここしかないだろ。
だから板違いじゃない。

6 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 10:00:52 ID:EpuciRCT
モーツァルトについての色々なエピソードの根拠が
どのような資料に基づいて、どの程度確かなものといえるのか
ということなんか議論すると面白いかも。
たとえば、「楽器の好き嫌いについて」俺の思いつくところでは
@少年の頃、トランペットが嫌いだった:シャハトナーの証言による
Aフルートが嫌い:本人の手紙の内容から。ただし根拠は強くなさそう。
Bクラリネットが好き:資料的根拠は特になし。作品中における
積極的・効果的な使用法からそう判断される。
Cビオラが好き:資料的根拠は特になし。

7 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 11:27:25 ID:djR7TH3X
モーツァルトはヴァイオリンよりピアノの方が好きだったよね。
そういう本人の証言あったようななかったような。
ヴァイオリン協奏曲は5曲しか作ってないけど、ピアノ協奏曲はたくさん作ってるし。
まあ自身がピアノ弾いて予約演奏会で発表する為でもあったんだが。

8 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 11:50:26 ID:NT713e7Q
>>1がコテ付けてある程度責任持ってやってみるスタンスだと上手くいくスレになると思った

9 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 12:33:36 ID:4Iuf0J4O
ちょうど例に挙がったので便乗するけど、モーツァルトのフルート嫌いの
根拠とされる手紙って複数残っているんだっけ?1つしか知らないんだが。

これに限らず思うんだが、たとえばこの例で言えば人生35年のうちのある一瞬に
書いた手紙にフルートが嫌いとあったとしても、真実はわからないと思う。
我々だって、本当は好きなのにある時何かのことで「あんなの大嫌いだ!」
と愚痴ることだってあるでしょ?

有名な手紙は注文を受けてフルート曲を次々と書かされている時期で、
依頼主の不誠実にも腹を立てていたわけだから、いささか食傷して
「フルートは嫌いだ」の愚痴のひとつも手紙に書いた可能性も人間である以上
考えないといけないだろう。

やはりこういうのは曲を見ていくのが最もたしかな根拠になると思う。
魔笛などはフルートが象徴的でもあるし神聖さを代表している楽器だし、
コシ・ファン・トゥッテの序曲にしてもフルートはオーボエと同等に
働いているなど、多くの曲でフルートは存分に活用されている。
たしかに当時のフルートは音程が不安定で扱いにくい楽器だったんだろうけど、
作品を聴いていくと、フルートはむしろ好きだったんじゃないかとさえ
思ってしまうな。


10 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 16:01:30 ID:EpuciRCT
フルート嫌いの件については、たしかマンハイムから父親にあてた手紙の中に
「大嫌いな楽器のために作曲するのは気が進みません」みたいなフレーズがあるんだよね。
ただ、この手紙の本音は、惚れこんでしまったアロイジアのいるマンハイムから
旅立つ気がしない、ということであって、このフレーズは滞在が長引いていることの言い訳
のひとつにすぎない、という解釈もよくおこなわれている。

11 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 16:23:16 ID:Jz+FXf9f
>>10
というか、現在ではそういう解釈のほうが一般的でしょ。

12 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 22:12:35 ID:Ejywo0ss
>>6
Bはマンハイムでの父親宛の手紙に
「ああ!ぼくらもクラリネットを持てたらなぁ」
という記述が残ってるようです

13 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 22:24:48 ID:NEKDFF2m
>>1の態度がとっても偉そうで気に入らない件について

14 :名無しの笛の踊り:2010/03/09(火) 22:31:00 ID:Ejywo0ss
余計なお世話かもしれないが新規にスレを立てたときは
本スレ(>>2)に報告とリンク貼りをするのがマナーらしい
一応こちらでやっておいた

15 :名無しの笛の踊り:2010/03/10(水) 09:24:16 ID:ncRBLigU
初めてクラリネットを使った作品である、ディヴェルティメント変ホ長調K.113は
あまりメジャーな作品ではないかもしれないが、まるで子供が新しいおもちゃを手に入れて
喜んではしゃいでるような、ほほえましい作品だよね。

16 :名無しの笛の踊り:2010/03/10(水) 15:17:38 ID:e7EL/Huf
>>15
それに類似な感じがする曲は、ピアノ協奏曲第9番も同じ感じがします。
「初めてのピアノのための協奏曲で」、はしゃいでるというか意気込みが感じられる。
特に最初の、あの有名なピアノの入り方なんてそうじゃないでしょうか。

「 」・・・意外と知られてないよね。
1〜8番はチェンバロ想定で作曲、そして初演された曲ですから。

17 :名無しの笛の踊り:2010/03/10(水) 16:02:41 ID:dpaGvFEL
>>9
タミーノ役歌手がフルートを得意としていたから
フルートが活躍するようにした。

18 :名無しの笛の踊り:2010/03/10(水) 21:39:57 ID:D5AcvgMx
>>7
ヴァイオリンと違って、当時ピアノはちょうど発展途上の楽器だったから、
世間の注目もモーツァルト自身の関心も高くて、新しい性能を生かした
作品を次々に書く動機が強かったこともあるだろうな。

19 :名無しの笛の踊り:2010/03/10(水) 22:07:23 ID:ulW9J+8o
モーツァルトほど話題に事欠かない作曲家はいない。
だからこのスレは伸びると思う。

20 :名無しの笛の踊り:2010/03/10(水) 23:03:43 ID:t8kRdE4Q
荒らしがなければ全く伸びないだろwww


21 :名無しの笛の踊り:2010/03/11(木) 03:00:49 ID:lDC6/eLN
幼き日のモーツァルトがマリー・アントワネットに「僕のお嫁さんにしてあげる」って言ったエピソード本当なのかな?

22 :名無しの笛の踊り:2010/03/11(木) 08:45:10 ID:9/nVTmgN
書きたいことは山ほどあるが>>1が立てるだけ立てて投げ出すようなら遠慮する

23 :名無しの笛の踊り:2010/03/11(木) 09:31:57 ID:0lx5dWn+
「一本のフルートよりも最悪なのは二本のフルートです」とかな

24 :名無しの笛の踊り:2010/03/11(木) 09:46:51 ID:9/nVTmgN
とはいえ良スレの予感
>>21
最初期のモーツァルト伝の作者ニーメチェックの記述によると

モーツァルトが、マリア・テレジアの部屋に入って皇子や皇女たちに囲まれたとき、
彼は磨かれてつるつるする床を歩くのに慣れていなかったために、転んでしまい
ました。そこへひとりの皇女がやってきて助け起こしてくれたのですが、その皇女
こそ、のちにフランス王妃となるマリー・アントワネットでした。モーツァルトはとても
感動し、すぐにマリア・テレジアのもとに駆け寄って、彼女の親切心を褒めたたえた…

とされています
プロポーズのエピソードは後付けされた可能性が大きいでしょう

25 :名無しの笛の踊り:2010/03/11(木) 09:51:11 ID:9/nVTmgN
訂正
ニーメチェック→ニーメチェク

26 :名無しの笛の踊り:2010/03/12(金) 07:01:53 ID:dJc8/iQL
>>24
やはりプロポーズは後付けの可能性が大きいですか。
でも転んだモーツァルトをマリー・アントワネットが起こしてくれたのは本当みたいですね。

27 :名無しの笛の踊り:2010/03/12(金) 20:36:46 ID:tEXeN+7H
俺のケツを舐めろ!!

28 :名無しの笛の踊り:2010/03/13(土) 08:47:03 ID:C0T16zCK
モーツァルトは下ネタが好きだった

29 :名無しの笛の踊り:2010/03/13(土) 09:51:57 ID:XSNwgNuc
>>28
あなたは嫌いなの?
少年や若い男が下ネタを面白がっていても普通だと思うが。

30 :名無しの笛の踊り:2010/03/13(土) 10:56:08 ID:v5MNq2Ff
モーツァルトは、というより当時は一般的だった説もある

31 :名無しの笛の踊り:2010/03/13(土) 11:55:46 ID:/9etdhRT
>>30
そういうのを読んだことあるな。
モーツァルトはカサノヴァやラクロと同時代人だからね。
その後の「清く正しい」時代とは違って、エロさや
お高くとまっている人間だってウンコするだろう的な
「本音」が劇や小説で盛んに表現されていたらしい。

32 :名無しの笛の踊り:2010/03/13(土) 21:44:14 ID:T0bVQTht
モーツァルトは子供の頃書いた手紙で既に高位聖職者を
さんざんにこき下ろしていたくらいだからなぁ。
諸権威に無条件で叩頭するような人物ではなかった。
言葉として残さなかったものの、神や来世を本気で信じていたのかすら疑わしい。
少なくとも自分は、モーツァルトの作品からそのような印象を受ける。



33 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 01:32:16 ID:j9EPxnzO
>>32
それはベトの方がよっぽど当てはまる希ガス
モーツァルトは人に対する観察眼が異常に鋭かったんだと思う(書簡などを見るに)
才能がある人物に対しては絶大な賛辞(含オマージュ)を送ってる一方で、
才能がない人物をこき下ろした、批評家としての顔を垣間見ることができる

宗教音楽やフリーメイスンのための音楽の量・質をみても宗教・信仰に一定の理解
があったのは間違いないでしょう。ただしモーツァルトの多面的な側面のいくつかは
権威や宗教には収まらなかったのも間違いなさそうです

34 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 11:50:17 ID:PEfg6k/5
モーツァルトの身長は150cm程しかなかったって本当ですか?
当時のドイツ・オーストリア人の平均身長がどれくらいかは知りませんが低すぎだと思うんですけど。

35 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 12:03:56 ID:pnsMzY/3
>>34
具体的な身長は知らないけど、子供の頃から
当時としてはすごく肉体的に過酷だった
長距離旅行を繰り返したダメージが大きくて
体格の成長に影響したというようなことは
読んだことがある。

36 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 12:57:57 ID:j+ChsxG2
モーツァルトの話題をしてるとき、必ずと言ってよいほどベートーヴェンの名を
出す人がいるね。
逆にベートーヴェンのときにはモーツァルトの話は出ないんだよな。
モツオタとしてその辺が悔しい。
ベートーヴェンとの比較や話題を出さないとモツの話題は続かないのかと思うと。
考えすぎですかね?

37 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 13:40:21 ID:j9EPxnzO
おいらのことかな?
ベトの方が諸権威に対して、より批判的・攻撃的だったという指摘はいけませんか?
近い時代の人間としてハイドン達の話もしたいけど興味ない方が多いでしょ?
ベートーヴェンのスレは覗いたこともないからわからないけど、他スレと比較しても意味はないでしょう

みなさんが何に興味があるのかが見えれば盛り上がるかもと期待、とりあえずスレ汚しスマソ

38 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 13:53:28 ID:j+ChsxG2
>>37
べつに悪いとは言ってないよ。
あなただけじゃなく、評論家から一般クラシック愛好者までベートーヴェンの名を
出して話を進める人が必ずいるという印象があるだけだ。
そういう話の進め方が悪いはずもなく、あなたの言ってることは特に間違えでも
ありませんから。
だからこそ悔しいのです。


39 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 13:55:27 ID:j+ChsxG2
まあ、悔しいというのも大げさで、少し違うような感情だと思うけど。

40 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 13:56:02 ID:PEfg6k/5
>>36
そうかな?
ベトオタの人もモーツァルトを引き合いに話題に出す人多いと思うけど。

41 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 14:40:51 ID:j9EPxnzO
良くも悪くもベトは音楽愛好家や研究者にとっては、意識せざるを得ない巨人なのでしょう
もしかするとみんなが出来ることなら避けて通りたい、と思っているかもしれないが、
彼の方から頭をもたげてくることもある…

さて、今日から少しずつ伝記的な資料や歴史上の人物の発言なんかをカキコしてみようと思う

「……ついでにお知らせしますが、1月27日、夜の8時に、妻は無事に男の子
を出産しました。でも、後産除去をしなくてはなりませんでした。そのため、
家内はひどく衰弱しました。しかし、ありがたいことに、今では子供も母親も
元気です。よろしくとのことです。子供はヨアネス・クリソストムス・ヴォルフ
ガング・ゴットリープといいます……」
1756/2/9 レーオポルトからヨハン・ヤーコプ・ロッター宛

ヨハン・ヤーコプ・ロッター(1726-1804)レーオポルトの「ヴァイオリン教程」を
出版したアウクスブルクの出版者

42 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 14:55:35 ID:j9EPxnzO
「ベートーヴェンが曖昧で、統一を欠いているように思われるのは、
よく称賛されるように、野性的な独創性があったからではない。
むしろ、ベートーヴェンが永遠の原理に背を向けていたからだ。
モーツァルトは、決してそんなことをしなかった。曲の各部分が
自分の流れを持っていて、他の部分と調和しながらひとつの歌を
形づくり、その歌に従っていく。そこには、プント・コントラ・プント、
対位法がある。」
フレデリック・フランソワ・ショパン

43 :名無しの笛の踊り:2010/03/14(日) 15:14:19 ID:EyoYXYMA
うーむ、ショパンはわかっているな。
天才同士の相互理解というのは、実にすばらしいものだ。

44 :名無しの笛の踊り:2010/03/15(月) 00:21:15 ID:bwZedGyr
「彼は和声をよく知っているが、それだけにかえって難解で
何回も聴かねばならない」
音楽事典編者 ゲルバー

「彼は天才でたくさんの楽想を持っている。しかし
多すぎて息がつけず、覚えられもしない。」
作曲家 ディッタースドルフ

「私はモーツァルトから、会話をするように、平易にものを言うことを学んだ」
劇作家、音楽評論家 ジョージ・バーナード・ショー

「音楽から科学的なものを取り除かなければならない。音楽は、ただ〈楽しませる〉
ことだけに努めるべきだ。偉大な美は、そういった制限の中に初めて存在するの
だろう。極端な複雑さなどは、音楽とは正反対のものだ。美は、〈感じとれる〉もの
でなければならない。ただちに喜びをもたらし、我々が捕まえようと苦労しなくとも、
我々の内にしみとおってくるものでなければならない。レオナルド・ダ・ヴィンチを
見よ。モーツァルトを見よ。あれこそ偉大な芸術家だ。」
クロード・ドビュッシー

こうした矛盾するような評価のされかたは、かえってモーツァルトの多彩さを映していて興味深いですね
前者2人は同時代人、後者2人は19世紀以降の人物だと種明かしすると、モツ享受の歴史を象徴して
いるとも言えそうです

45 :名無しの笛の踊り:2010/03/15(月) 00:40:36 ID:bwZedGyr
「ひと口で言うと、レオポルトは凡庸な人物であった。決して天才としての資質を
備えていたわけではない。だが、彼が後世に残したヴァイオリンの教則本や教会
ソナタを見ると、教育者としては希にみる天分の持ち主であったことがわかる。
その痕跡は、ヴォルフガングが最初に受けた教育の中にも認められる。
母親については……陽気で、ものごとにこだわらず、天真爛漫な想像力を持った
人だった。……はっきりしたことは、ナンネルやヴォルフガングの書いたものを見
てもよくわからない」
エマニュエル・ビアンゾ

46 :名無しの笛の踊り:2010/03/15(月) 12:15:29 ID:dzGfGTKx
モーツァルトはスカトロジーだった

47 :名無しの笛の踊り:2010/03/15(月) 23:10:35 ID:Um+7bIeS
>>46
>>30

48 :名無しの笛の踊り:2010/03/16(火) 04:21:15 ID:PlvkxhLX
当時のフルートについて
フルートとはいわゆる横笛のことですが、笛の仲間で最も古いのは縦吹きの笛、
リコーダーです。12世紀ごろ登場したリコーダーは、1600年ごろから1750年ごろ
にかけてのバロック期に盛んに使われ、当時の作曲家が独奏曲や協奏曲など
を数多くつくりました。しかし、リコーダーには、音は出しやすいが、音量や音域、
表現力に欠けるという欠点がありました。
そこで、フランスのオットテール一族はじめ、多くの楽器製作者たちが改良を重
ねて作り出したのがフラウト・トラヴェルソといわれるもので、これがモーツァルト
の時代に使われていたフルートです。黄楊(つげ)などの固い材質の木で作られ
たこの楽器は、柔らかく温かみのある音は出ますが、半音階を自由に奏するの
は困難でした。横笛には、強く息を吹き込むと音程が上がり、弱くすると音程が
下がるという宿命があります。

音に異常に敏感だったモーツァルトが、音程の不安定な楽器に満足しなかった
のは間違いなさそうです。既出(>>10)のようにアロイジアに理由を探すことや、
作曲に思うように時間を割けなかったフラストレーション説など…
理由は(一つじゃなくて)いくつもあっていいんだと思います。

49 :名無しの笛の踊り:2010/03/16(火) 13:25:00 ID:TOXVUAWb
名探偵コナンに対する当て付けですね
(真実はいつもひとry

50 :名無しの笛の踊り:2010/03/16(火) 22:18:55 ID:tnKCWvqu
>横笛には、強く息を吹き込むと音程が上がり、弱くすると音程が下がるという
>宿命があります。

これはリコーダーも同じだと思うんだが。エアリード楽器は基本的にみんなそう
なんじゃないの、縦横関係なく。

51 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 04:14:07 ID:zYPb6LtX
程度の差はスルーですか
そうですか…

52 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 05:17:18 ID:zYPb6LtX
ナンネルについて
モーツァルトの姉マリーア・アンネ・ヴァルブルガ・イグナーツィア
1751年7月30か31日〜1829年10月29日(78歳)
ナンネルもやはり神童であったが、弟の成功の陰に隠れてしまった。
しかし、弟の作った曲を演奏したり、弟と連弾を楽しんだり、父のヴァイオリン
の伴奏をしたりと、ピアノ演奏は続けました。また、ピアノを教えて、わずかな
がらの収入を得ていたようです。時代には逆らえなかったのです。
33歳で母の生まれ故郷の地方官吏官ベルヒトルト・ツウ・ゾンネンブルク
と結婚し、次第に疎遠になっていった。弟の死後は生き証人として弟の
ことを語り、それが初期の伝記に貴重な情報を提供することになった。
1801年に夫が亡くなると、故郷ザルツブルグに戻るも4年後に長女を亡くし、
1825年には盲目になるという不幸に見舞われる。
遺言によって、同じザルツブルグにありながら父とは別の墓地(聖ペテロ墓地)
に埋葬された。
弟の性格が母に似ていたのに対し、ナンネルは父の性格を受け継ぎ、几帳面
で思慮深い女性だったようです。

53 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 05:23:34 ID:zYPb6LtX
訂正orz
マリーア・アンネ・ヴァルブルガ・イグナーツィア
        ↓
マリーア・アンナ・ヴァルブルガ・イグナーツィア

54 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 05:30:18 ID:zYPb6LtX
我ながら寝ぼけてる…
地方官吏官→地方管理官

補足するとナンネルの夫は資産家であり男爵だった、ナンネルは3人目の妻

55 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 08:18:22 ID:tDwgqA2K
モーツァルトのお姉さんといい、メンデルスゾーンのお姉さんといい、才能があったのに
女だからという理由で十分な活躍が許されずに終わった人を見ると、なんともったいない
ことを…と思う。

男尊女卑の考え方とか、女は家庭に入るべきだとかいう考え方から、せっかくの才能を
生かせずに終わった人も多かったに違いない。もったいないことだ。

56 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 08:21:45 ID:rE0zEeZv
べつに音楽に限ったことじゃないでしょ。

57 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 13:21:26 ID:9x6TqMtg
モーツァルトの存在を、「青空に光輝く太陽」に喩えたドヴォルザーク

58 :名無しの笛の踊り:2010/03/17(水) 16:56:36 ID:L48jSE1k
聖マルクス墓地は
近くに高架道路や空港行き電車が走り回り
郊外という感じはまったくない。
下町の公園という感じだな。

59 :名無しの笛の踊り:2010/03/18(木) 05:28:32 ID:Q9bEdKqR
メンデルスゾーンの姉ファニーは、父親から演奏は許されても作曲は封じられたようですね
曲を弟の名前で発表するように命令されたそうです。もっとも夫のヘンゼルはよき理解者
だったらしく、晩年の数年は自らの名前で創作・出版に意欲的に取り組んだとされています

弟フェリックスは12歳の時に文豪ゲーテにピアノ演奏を披露し、彼の神童ぶりはモーツァルト
を凌ぐ、と言わしめたそうです。ゲーテは60年程前にフランクフルトで幼少期のモーツァルトに
会っている
しかしメンデルスゾーンの場合「十歳で天才、二十歳で秀才、三十歳になると唯の人」を
地で行った印象は拭えない。彼の傑作はほぼ十代に集中してると思う

リストが「こんにちのピアノで再現できないものはない」と豪語してるのに対して
「モーツァルトのト短調交響曲の冒頭8小説をピアノで演奏し、ヴィオラの繊細な音型も含めて
、オーケストラのように響くのなら信じてもよいがね」と語ったというエピソードがある

60 :名無しの笛の踊り:2010/03/18(木) 13:50:24 ID:WK0OKo0W
>>56
そうそう。19世紀英国の女性数学者にAugusta Ada Lovelaceというのがいたけど、
彼女は数学、科学、バイオリン、語学に長けていて、特にコンピュータープログラマーの先駆け
とされている。語学の素質は、たぶん、実の父である詩人のバイロン卿から
きたのかもしれない。

61 :名無しの笛の踊り:2010/03/19(金) 04:50:16 ID:Cvc1eBGf
>>58
行かれたことがあるんですか?羨ましい!

>>57のエピソードを見つけたので…

ドヴォルザークがプラハの音楽院で学生たちに質問した。
「モーツァルトとは何か?知っている者がいるかね?」
学生たちはひどく狼狽して、月並みな文句ばかり並べた。たとえば、古典派だとか、オペラ作曲家だとか、
ハイドンの後継者だとか、ベートーヴェンと対立する者だとか、ロマン派の先駆だとか。―先生は首を横に振るばかりだった。
「そんなことを言ってるようじゃ、君たちの音楽的センスと感情を疑うね。誰も答えられんのかね?」
と、いちだんと声を高めた。
ついに彼はしびれを切らして、いちばん手前にいた学生の肩をつかんで、窓のそばに連れていった。
「さあ、わかったかい、見えるだろ?」
「何も見えませんが。」
「なんだ、じゃ君はあの太陽が見えないのか?諸君、モーツァルトはあの太陽なのだ!」
ドヴォルザークは真面目に、断固たる調子で、心からの感動をこめて言ったという。

62 :名無しの笛の踊り:2010/03/19(金) 07:08:08 ID:Cvc1eBGf
コンスタンツェについて
コンスタンツェ・ヴェーバー 1762年1月5日〜1842年3月6日(80歳)
レオポルト側の目線で語られ、ネガティブな印象が根強かった
彼女の名誉が回復したのは比較的最近のことである

ヴェーバー家の4姉妹は全員歌が得意で、長女ヨゼーファは「夜の女王」の初演を務めている。
次女がモーツァルト22歳時に失恋したアロイージア、すぐ下の三女がコンスタンツェ
モーツァルトが1778年、マンハイムで一家と知り合った当時、彼女の父はマンハイム宮廷の
バス歌手で、劇場プロンプターや写譜の仕事もしていた。
その翌年にアロイージアがウィーンの宮廷劇場と契約を結んだのを機に一家で移り住む。
父はまもなく急死したため、未亡人となった母が下宿屋をして生計をたてる。
アロイジアのことが忘れられなかったのか、モーツァルトは5月からヴェーバー婦人の〈神の眼〉館
に下宿している。アロイジアはヨーゼフ・ランゲ(モーツァルトの有名な未完の肖像画(1783)の作者)
と結婚していた。
一家の悪い噂ばかりを耳にしていたレオポルトは、息子が〈3年以内にコンスタンツェと結婚しなけれ
ば、年300フローリンを支払う〉といった内容の結婚承諾書に署名したと聞き結婚に猛反対しました。
この承諾書はすぐにコンスタンツェが「あなたの言葉を信じているから約定書なんていらないわ」と
言って破り捨てたようで、モーツァルトは懸命に父を説得しようと試みるも、承諾は得られなかった。
結婚式を挙げたのは1782年8月4日、モーツァルト22歳、コンスタンツェ20歳のときだった。

続きやモーツァルトの借金問題については後日また触れたいと思う
(補足・訂正などあったらどんどんお願いします)

63 :名無しの笛の踊り:2010/03/19(金) 07:33:17 ID:Cvc1eBGf
訂正orz
モーツァルト22歳、コンスタンツェ20歳のときだった。
        ↓
モーツァルト26歳、コンスタンツェ20歳のときだった。

64 :名無しの笛の踊り:2010/03/21(日) 07:43:51 ID:EIU7kdsV
モーツァルトはコンスタンツェのお母さんの策略に引っ掛かって結婚
することになったんだと思うけどね、これって古い説なの?
ただ、コンスタンツェ自身がどんなふうに母親と
共犯関係にあったのかはわからないけど。
でまた、モーツァルトはそれはそれでまあ幸せだったと思うけどね。

65 :名無しの笛の踊り:2010/03/21(日) 22:16:50 ID:oOoFBVT0
いや、今でも定説だと思うけどねw
承諾書をコンスタンツェが破ったという話は、モーツァルトが父への手紙において
感動的な筆致で報告しているくらいだから事実からそう遠くないのでしょう。
しかし、オヤジさんはこれを三文芝居だと見なしていた。
黒幕兼演出家はウェーバー夫人とその後見人だと考えていた。
モーツァルトへの返事には「夫人と後見人には『若者の誘惑者』と書かれた
プラカードを首から下げたままウィーン街頭で奉仕活動をさせるべき」とあったとか。



66 :名無しの笛の踊り:2010/03/25(木) 02:15:28 ID:ujGrZyzn
コンスタンツェは実は良妻だった

67 :名無しの笛の踊り:2010/03/26(金) 21:13:37 ID:7rT3UWiw
結婚後モーツァルトの仕事は軌道に乗り、多くの友人と夫の愛に包まれて、
コンスタンツェは幸せな生活を送ることになる。
モーツァルトは精力的に活動し、収入も上がり順風満帆のように思われた。
ところが1788年以降には借金地獄が訪れる。
ちょうど88年の7月にはコンスタンツェが脚を患い、バーデンで温泉治療を
するようになり、莫大な出費になった。またバーデンで療養中の妻に宛てた
夫の手紙の中で、行動に注意するように書いてあり、これも悪妻説の根拠に
なっている。さらには息子のフランツ・クサーヴァーはバーデンでコンスタンツェ
に付き添っていたフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーの子供ではないか
という憶測まで生むことになる。
なにはともあれ、コンスタンツェはモーツァルトが終生深く愛した女性である。

モーツァルト死後のコンスタンツェは、2人の幼子を抱えながらてきぱきと動いた。
年金受領の手続きを取り、夫の遺稿を整理して換金できるものは換金し、下宿人
を置いた。1809年には下宿人の1人、外交官のニッセンと再婚し、しばらくコペン
ハーゲンに住んだ後1820年頃ザルツブルグに移り住んだ。
夫の協力も得てモーツァルトの遺産を整理し、大半を後世に遺すことに努めた。
ニッセンはモーツァルトの伝記を執筆するも1826年に亡くなり、この伝記は2年後
にコンスタンツェによって刊行された。
コンスタンツェが亡くなったのは1842年3月6日、モーツァルトの記念像除幕式を
半年後に控えた時だった。

68 :名無しの笛の踊り:2010/03/26(金) 22:06:01 ID:7rT3UWiw
モーツァルトの多額の借金を根拠に、夫婦そろっての浪費家で、家庭のきりもりが
できない悪妻だと言われてきた。さらにはモーツァルト・ギャンブラー説までも一人
歩きしていた。近代ではそれらはかなり見直されている。
1791年に作成された遺産目録には、高価な衣装類や家具、食器のほか、ビリヤード
台まで記載されている。仕事柄、貴族階級を相手にすることも多かったとあれば、
それらの贅沢品は「必要経費」だったと思われる。もしかすると、現金ではなく
「現物支給」の場合もあったかもしれない。

また当時のウィーンは、対トルコ戦争などで軍事費に膨大な予算がかかり、物価も
安くはなかったようだ。モーツァルトの経済状況を苦しめたのは、その戦争が引き
起こした不況とインフレだった可能性が高い。
もうひとつの悲劇は1790年2月に最大の保護者を失ったことである。ヨーゼフ2世は
モーツァルトには寛大でなかったものの、実力者であり文化・芸術の保護者であった。
新皇帝のレオポルト2世は宮廷作曲家の地位こそ据え置いてくれたが、モーツァルト
にほとんど関心を払っていない。

モーツァルトが返す当てが全くなければ、プフベルクも多額の現金を貸し付けることは
なかったに違いない。モーツァルトの突然の死によって当てが外れてしまうのである。
モーツァルトがあと数年でも生きていれば、事情は違ったのではないでしょうか。。。

>>65
興味深い話をありがとう

69 :名無しの笛の踊り:2010/03/27(土) 19:42:02 ID:xg0Oo9QP
このスレにふさわし話題かどうかよくわからないですけど、
「四つの管楽器の為の協奏交響曲K.297」について意見を求めてもよいでしょうか。
近年の研究では、この作品は独奏楽器の部分だけがモーツァルトのオリジナルで、
オケ部分は他人の手になるものである、という結論に落ち着いているようですね。
私は統計的研究というのがどういうものがよくわからないので、それがどの程度
信頼できる結論なのかよくわかりませんが。いちファンとして素朴にこの曲に耳を
傾けていると、この曲がモーツァルトのものでないとは信じがたい気がしてきます。
いくらモーツァルト自身の手になるソロパートが完成された状態で残っていたとしても
それに対してこれほどまでにモーツァルト的な響きのするオケ部分をつけることのできた
補筆者って、いったい誰だったのでしょう?他の作品の現代人による補筆完成版
(VnとPfの為の協奏曲、三弦楽器の為の協奏交響曲、ホルン協奏曲第一番第二楽章の
オリジナル版など)を聴いても、これほどモーツァルトらしい響きをつくることは
できていないように思います。私の勝手な(願望的)結論としては、やはりK.297はいちど
書いた作品をモーツァルト自身があとから思い出して、ザルツブルクかウィーンで
もう一度書き直した。その際クラリネットの追加とフルートの削除がおこなわれた、
と考えても良いのではないかと考えています。皆さんはどう思われますか?

70 :名無しの笛の踊り:2010/03/27(土) 21:54:59 ID:EFRyXMMt
>>69
よくマリナー指揮のものを聴いていますが
全体的に違和感はありません。
個人的にはオリジナル曲だと思っています。

71 :名無しの笛の踊り:2010/03/27(土) 22:41:33 ID:0oVFyeNe
K.297bは別人の作だと思うけどな。
近い時期のK.299あたりと比べると
スカスカなかんじがして、とてもモーツァルト作と思えない。
特にオーケストラにそう思います。
ただ、この曲自体はすごく魅力的なので結構聞いています。

72 :名無しの笛の踊り:2010/03/27(土) 23:14:44 ID:xg0Oo9QP
71さんのようなご意見のかたの場合、そうすると現在一般的に聴かれているK.297の
オケパートを書いたのは、モーツァルトと同時代の他の作曲家だとお考えですか?
それとももっと後の時代になって(現代においてよくおこなわれているように)
補筆がおこなわれたのでしょうか、私はそのあたりにとても興味があるのです。

73 :名無しの笛の踊り:2010/03/28(日) 20:09:57 ID:hYwksyU8
>いくらモーツァルト自身の手になるソロパートが完成された状態で残っていたとしても
>それに対してこれほどまでにモーツァルト的な響きのするオケ部分をつけることのできた
>補筆者って、いったい誰だったのでしょう?

レクイエムを例に挙げれば、あれだってモーツァルト的な響きでしょう。
モーツァルトの手が全く入っていない後半は確かに変てこな響きはあるが。

74 :名無しの笛の踊り:2010/03/29(月) 19:46:14 ID:k3RCRpwE
レクイエムや大ミサが好きなのですが
最近「魔笛」のパパパの2重唱がとてもお気に入りです
生きる喜び、生きるということ、そして人間という存在への賛歌ですね
試練に耐えられなかった弱きパパゲーノにも未来がある
シカネーダーの脚本ではあるのでしょうが、強くない人間というものに対する暖かい眼を感じます
モーツァルトという人物は本当に興味深いです
レックス・トレメンデなどに見える崇高で気高い部分と魔笛などに見られる大衆的な部分が同居しているわけですからね


75 :名無しの笛の踊り:2010/03/29(月) 19:50:19 ID:k3RCRpwE
モーツァルトの子孫のひとりがレーシング・ドライバーとして一時期ちょっとした話題になっていました
F3というクラスでF1レースの前座でも走っていたのですが成績は今ひとつぱっとせず
スポーツ心理学者に転身したといいます
上のほうにもモーツァルトの人間に対する洞察力の深さが挙げられていますが
どことなくモーツァルトは人間観察や批評の好きな人物だったのではないかという感じもします

76 :名無しの笛の踊り:2010/03/29(月) 19:54:44 ID:sKIuj0T/
モーツァルトの子孫だと? いるはずがないが…。

77 :名無しの笛の踊り:2010/03/29(月) 19:58:47 ID:TRZCB8ti
>>74
幼い頃から王侯貴族とも接し、調子の良いときには
あれこれ擦り寄ってくる一方で下り坂になると見向きもしなくなる
人間の薄情さも骨の髄から実感し、もちろん庶民のことも
よく知っている。人間の表と裏、一見善人のようでも裏もあり、
逆に悪人かと思うと優しい面もある。考えてみれば当たり前の
このような人間の有り様を実体験で知悉していたのが
モーツァルトといえるでしょうね。
「モーツァルトのオペラには普通の意味での善人も悪人もいない」
という誰かの言葉には大いに共感を覚えます。

78 :名無しの笛の踊り:2010/03/30(火) 09:01:48 ID:nE8nbA44
>>76
子孫はいないのですね
同姓ということで話題になっていたのでしょうか
「音楽はさっぱりだけど後ろに誰がいるかはミラーを見なくてもわかるよ、エンジンの音でさ」
とジョークを飛ばしたりパドックでもちょっとしたいたずらをするなど陽気で茶目っ気なところがありました

>>77
小さい頃から大人たちに囲まれていると少々ひねた性格にもなりそうなものですが
モーツァルトは表面上はあまりそういうところを感じさせませんね
幼少の頃から英才教育を受け旅から旅へだったモーツァルトには子供時代にいっしょに遊ぶ友人がいたのでしょうか
成人してからの親しい友人というとどんな人たちになるのでしょうか



79 :名無しの笛の踊り:2010/03/30(火) 17:36:42 ID:dxvpzUn5
>>73
ご指摘のとおりだと思います。
ですから私の個人的推測としては、レクイエムの場合と同じように
協奏交響曲の補筆もモーツァルトの弟子のような立場の人か、
そうでなくても当時の音楽語法によく通じていた同時代の
作曲家によってなされたものなのだろう思っています。
現代人がおこなった補筆完成や、(これも結論はでていないようですが)
ヴァイオリン協奏曲6番/7番などとは、かなり質が違うように
思えてなりません。

80 :名無しの笛の踊り:2010/03/30(火) 21:42:39 ID:n0btCa+/
>>78
>小さい頃から大人たちに囲まれていると少々ひねた性格にもなりそうなものですが
>モーツァルトは表面上はあまりそういうところを感じさせませんね

たしかにそうだと思うが、ドン・ジョヴァンニやコシ・ファン・トゥッテなどにおける
サディスティックな皮肉が相当なものであるのも事実ではあるね。
それでいながらサディスティックな皮肉の対象のドンナ・エルヴィラの純真な心も
同時に表現している二面性がすごいところだと思う。

81 :名無しの笛の踊り:2010/03/30(火) 23:09:42 ID:KzuPU9eS
『この十八世紀人の単純な心の深さに比べれば、
現代人の心の複雑さは殆ど底が知れているとも言えようか』

小林秀雄の例の評論を全面的に支持しているというわけでもないが、
この一節は深く印象に残っているな。本質に迫っているというか。

82 :名無しの笛の踊り:2010/04/01(木) 02:49:55 ID:OT0ShedO
流れを遮るようでスマないが子供や友人の話題が出てるので

モーツァルトとコンスタンツェの間には、およそ9年間の結婚生活で6人の子供が生まれたが、
生き残ったのは次男カール・トーマスと四男フランツ・クサヴァーだけだった。
モーツァルトが死んだ時、前者は7歳になったばかり、後者は生後4ヶ月余りだった。
幸い父の友人・知人たちが2人に援助の手を差し伸べてくれた。
ふたりとも生涯独身だったため直系の血統は残っていない…
(本を探せなかったので詳細は覚えてませんが)ナンネルの子孫も絶えてしまったようで、
モーツァルトの血筋で20世紀まで生き延びたのは〈ベーズレ〉の子孫だけといわれています。

カール・トーマス 1784年9月21日〜1858年10月13日(74歳)
カール・トーマスは父の死の翌年、プラハで教授をしていたニーメチェクに引き取られ、
教育を受けることができた。その後商人や音楽家の修行を積むも、ミラノのナポリ副王
に仕える役人の道を選んだ。

フランツ・クサヴァー 1791年7月26日〜1844年7月29日(53歳)
フランツ・クサヴァーはのちにコンスタンツェがヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(2世)
と改名させ音楽活動をしており、ヨーロッパ中で演奏旅行を行い成功を得ている。しかし父親
の名声が上がるにつれ自ら身を隠していったといわれる。古来から天才の父親を持った息子
たちは、重い看板を背負って苦労するようだ。ながらく地方都市レンベルクに住んでいたが、
1838年にウィーンに戻り、父の没後50年の1841年には「大聖堂音楽協会兼モーツァルテウム
(現ザルツブルグ国際モーツァルテウム財団)」の名誉会員に、母、兄とともに任命される。
その翌年モーツァルトの記念像除幕式では自作とともにニ短調協奏曲K.466を演奏しており、
拍手が鳴り止まなかったといわれるが、これが最後の舞台となった。カルルスバートで亡くなった。
なお彼が師事した音楽家は父と縁の深いドゥーシェク、フンメル、サリエリ(!)、ベートーヴェン
の師でもあるアルブレヒツベルガーなど錚々たる名前が並ぶ。母の従弟にあたるカール・マリア・
フォン・ヴェーバーとも交流があったようだ。


83 :名無しの笛の踊り:2010/04/01(木) 05:20:35 ID:OT0ShedO
モーツァルトの友人は主に交流のあった音楽家や支持者たちだったと思われる。
なかにはこんな微笑ましいエピソードも…

1770年4月フィレンツェで、当時有名だった女流宮廷詩人モレッリ・フェルナンデスを訪れた際、
トーマス・リンリというイギリスの少年と知り合う。彼はモーツァルトと同様、著名な作曲家の父
に教育を受け、8歳でデビューし「神童」と言われていたヴァイオリニストだった。モーツァルトは
同い年(14歳)の彼と意気投合し、フィレンツェを出発するまでの数日間、二人でヴァイオリンを
弾いて興じ合った。レオポルトは、2人が「しょっちゅうお互いに抱擁を交わしながら、一晩中交代
で演奏していた」こと、そしてリンリがモーツァルト親子の出発の日に何度も別れを惜しみモレッリ・
フェルナンデス作の一遍の詩を送ってくれたことを書き記している。
しかし2人はこの後2度と会うことはなく、リンリはこのわずか8年後に世を去ってしまう。

21歳のモーツァルトが父の故郷アウクスブルクで会った〈ベーズレ〉(=従妹ちゃん)はもしかすると
友達以上の仲だったかもしれない?! レオポルトの弟フランツ・アーロインスの一人娘マリーア・アンナ・
テークラ(1758〜1841)はさっぱりした気性の持ち主で、従兄弟があけすけな冗談たっぷりな手紙を
送ってきても、いっこうに動じていない。いわゆる一連の〈ベーズレ書簡〉である。
アロイジアに失恋したモーツァルトを慰めたのは他ならぬ彼女であった。
彼女は1784年にヨゼーファという名の私生児を生んだが、父親は高位聖職者といわれている。
1814年に娘の結婚にともなってバイロイトに移り、83歳で亡くなった。

ウィーン時代にはホルン奏者のロイトゲープなどは、24歳も年長ながらモーツァルトの格好のからかい相手
だったようだ。ホルン協奏曲第2番 K.417の自筆譜には「ロバ、牝牛、間抜けのらイトゲープを憐れんで」
との献呈の辞が添えられている。また第4番 K.495では赤、青、緑、黒と4色のインクで楽譜を書いている。
第1番(4曲の作曲順は2→4→3→1とされる)の草稿には「ロバさん、勇気を出して―急いで―つづけて
(……)―愚か者―おお、何たる調子っぱずれ―ああ!―悲しいかな―やったぞ、あわれな奴め!」
といった書き込みが見られる。

84 :名無しの笛の踊り:2010/04/02(金) 17:43:21 ID:Njfda9By
>>83
俺もモーツァルトとトーマス・リンリとのエピソード好きだよ。
トーマス・リンリはモーツァルトがフィレンツェを去る時、門まで駆けつけて悲しさのあまり泣き崩れたそうだね。
二人がどんなに仲良くなっていたのかがよくわかります。
モーツァルトの少年時代の良きエピソードだね。

85 :名無しの笛の踊り:2010/04/03(土) 15:27:35 ID:9MnYXvqX
ここは、モツ関連の中で一番まともなスレだな。
フランツ・クサーヴァー・モーツァルト作曲のピアノ協奏曲ハ長調を聴いたこ
とがあるけど、親父の影響下に書かれただけに曲想や雰囲気がそっくり。
モツのピアノ協奏曲が好きな人には一聴を勧める。

86 :名無しの笛の踊り:2010/04/07(水) 08:54:54 ID:A3aukwun
困窮のうちに世を去ったと伝えられるモーツァルト(1756〜91年)は高給取りの浪費家だった−。
各国のモーツァルト研究者でつくるグループが新たに発見した100以上の史料を分析、新説を
まとめた。現在の通貨で15万ユーロ(約1900万円)相当の年収を得ながらも、酒などに散財
していたという。オーストリアのメディアが6日伝えた。

モーツァルトは同国ザルツブルク出身。グループはオーストリアやスイスなど各国の24人で、
モーツァルトの晩年の10年間の家計などを5年がかりで調べた。

その結果、モーツァルトの年収は先輩として慕っていたオーストリアの作曲家ハイドンの2倍
以上で、当時の大学教授の約15倍だった。モーツァルトは7つの部屋と厩舎(きゅうしゃ)を
備えた快適なアパートで生活。貴族的なライフスタイルを好み、散財したという。

グループはモーツァルトが作曲活動や音楽のレッスンなどで得た収入と、衣装代から楽譜の
購入費まで日常生活の支出を詳細に分析。モーツァルトが住むアパートに店を構えたワイン
小売商の価格表も参考に「収入の17%を酒宴に費やした」とはじき出した。

ザルツブルクのモーツァルト研究者ギュンター・バウアー氏は地元メディアに「モーツァルトは
従来知られていたよりも2倍は(経済的に)豊かだった」と説明。研究をまとめた著書を近く
発表するという。

モーツァルトはウィーンで35歳の生涯を終えた。晩年は友人に借金を重ねたとされ、遺体は
初め集団墓地に埋葬された。

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp1-20100407-615107.html

87 :名無しの笛の踊り:2010/04/08(木) 22:43:00 ID:kDd/HsL/
規制解除マダー?

88 :名無しの笛の踊り:2010/04/08(木) 23:29:04 ID:kDd/HsL/
解除キテタ━(゚∀゚)━!

>>86は新説という程でもないですね、前からあった説を資料的に裏付けた感じでしょうか
ただ、いわゆる「晩年の悲劇」を覆す形で提唱された新説は逆のベクトルへの揺り戻しも
含みながら真相を探ろうとしているのが現状のようです
真実は永遠に闇の中と言えるでしょう

一応補足させていただくと、モーツァルトは引っ越し魔だったこともあり
>7つの部屋と厩舎(きゅうしゃ)を備えた快適なアパート
に居たのも数年だけではないでしょうか
それと既出の対トルコ戦争やナポレオン戦争による大インフレの結果、お金の価値が五分の一
にまで下がったという説もある位ですから、ちょうど晩年は厳しい時期と重なったのだと思います
それでもやっぱりモーツァルトが身の丈以上の生活をしたのは間違いないのでしょう

89 :名無しの笛の踊り:2010/04/08(木) 23:49:05 ID:kDd/HsL/
>>88は我ながら分かり辛い…
ナポレオン戦争は戦争による大インフレの一例でした

90 :名無しの笛の踊り:2010/04/09(金) 21:08:35 ID:q254BlAV
>7つの部屋と厩舎(きゅうしゃ)を備えた快適なアパートに居たのも数年だけではないでしょうか

いわゆる「フィガロ・ハウス」在住は1784年9月〜1787年4月とのこと。
ソース:「ウィーンのモーツァルト史跡探訪」(ヘルムート・クレッチマー著、白石隆生訳、音楽之友社、1991年)

フィガロハウスは見学したけれども、スペース自体は狭かった。
狭いスペースにも関わらず、それでもビリヤードルームを設けたのだから、
余程好きだったのだろうかと思った。

91 :名無しの笛の踊り:2010/04/11(日) 02:53:51 ID:mbou20gI
>>90
なるほどあのフィガロ・ハウスのことだったんですね!
モーツァルト自信もビリヤードや九柱戯が大好きであり
客人への最高の持て成しでもあったのでしょうね
そういえばいわゆる「ケーゲルシュタット・トリオ」や「ケーゲルデュエット」
もこの時期の作品ですね

あと、フィガロ・ハウスはパトロンから提供されたものという説もあるようですが
結局引っ越すことになったのは提供者側の都合でもあったのか、そもそも
その説が根も葉もないデタラメなのか…

92 :名無しの笛の踊り:2010/04/16(金) 10:45:56 ID:HPF2bn/8
携帯規制?

93 :名無しの笛の踊り:2010/05/03(月) 22:16:05 ID:ckjjlhQ6
何かモーツァルトのおもしろいエピソード教えてください

94 :名無しの笛の踊り:2010/05/04(火) 21:14:08 ID:9+LbMp2b
モーツァルトって、漢字で「莫差特」と書くらしい。74へぇ。

95 :名無しの笛の踊り:2010/05/11(火) 04:19:43 ID:edMIsCHk
モーツァルトの生涯が書いてある伝記で一番いい本教えてください

96 :名無しの笛の踊り:2010/05/11(火) 22:12:56 ID:4wX2jKUp
>>95
岩波文庫のモーツアルトの手紙。
2巻本だけどコンパクト。注釈に伝記的事実が補ってある。
これでモーツアルトの生涯だいたいわかるよ。
手紙だから一次史料(翻訳だけど)だし、
解説にあるエピソード、付録の信憑性の疑わしい手記も
読んで面白かったね。

97 :名無しの笛の踊り:2010/05/14(金) 11:02:50 ID:OTDmJks7
「アマデウス」
この場面だけ見ると、モーツァルトってちょっとアレな人だったの?
http://www.youtube.com/watch?v=rjmmjXGwarU



98 :名無しの笛の踊り:2010/05/14(金) 18:12:00 ID:oVWB1B4d
映画を真に受けるなんて・・

それなら、初心者スレで質問するのがいいと思うよ

99 :名無しの笛の踊り:2010/05/14(金) 20:58:51 ID:2B+h7zh3
>>97
本当にそんな人だったらおもしろいですね

100 :名無しの笛の踊り:2010/05/15(土) 06:19:53 ID:t8yoaDTK
>>98
真に受けてモツが大好きになったんだけど・・・w


101 :98:2010/05/15(土) 06:55:45 ID:SCTSHhR0
>>100
ありだと思います

102 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 10:08:47 ID:yrVFYDnm
>>101
ありがとうサリエリ

103 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 10:20:21 ID:lynbeH8D
モツヲタもたまには>>98のことを思い出して下さい。

104 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 20:55:18 ID:Cr/66k+K
言っちゃ悪いが、モーツァルトは品行悪いし性格は最悪。
人物がお下劣最低だから出世しないのに、
それをサリエリのせいにしたりとか、最低だろ。
こんな最低男が作曲したチャラチャラした曲のどこが良いのかさっぱりわからん。

サリエリのほうがはるかに素晴らしい。
サリエリは社会的地位も高いし、多くの作曲家と交際して活発な情報交換をし、音楽の発展に大いに貢献したではないか。
教育者としても一流だったし、才能があるにもかかわらず困窮している音楽家への援助も惜しまなかった。
そんな彼がモーツァルトより評価されないなんて、現代人の感覚はおかしすぎる。

105 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 22:47:28 ID:B+S7NIVy
人物と作品の評価は別だよ。

106 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 22:52:56 ID:bHvIwTgn
モーツアルトは性格もいいし貴族に無条件に敬意を払わなかった
だけで品行もいいよ。天才には欠陥があるとした方が話が面白く
なると考える人たちがいて、それを鵜呑みにする人たちがいると
いうことじゃないかな。

107 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 23:05:07 ID:yrVFYDnm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%87%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88
「モーツァルトは従姉妹に排泄にまつわる駄洒落にあふれた手紙を送ったことがある[31]。
いわゆる「ベーズレ書簡」といわれるもので、「あなたの鼻に糞をします」「ウンコで君のベッドをきしませるぞ。
僕のおしりが火事になった!どういうこと!
知ってるぞ、みえるぞ、なめてやろうか、ん、何だ?−ウンコが出たがってる?そう、そうだウンコだ」
などの記述がある」

↑本当にお下品だったんだね。
モーツァルトの伝記とか読む前は「お上品で、天才で、お金持ちで何も苦労しらず」だと思ってた。
α波が出るとか、癒しのモーツァルトとか、CDいっぱい出てますよね。
そういうCD作ってる人って、伝記読んでなさそう。
でも、下品ってわかった今でも、曲を聴くと下品に思えない。
なぜだろう。


108 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 23:12:22 ID:B+S7NIVy
だから人物と作品の評価は別だと何度言ったら(ry

109 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 23:21:38 ID:IdTX5IXb
いやモーツアルトだけ突出してそうだったわけじゃないんだよ。
18世紀半ば過ぎの世相・風俗に還元しないとわからないね。
ある時代の人が、現代の一個人(成年男子)がHDにどんな
画像を収集しているかを知ったら、あるいは戯れにどんな
メールを打っていたのかを知ったら、ということだよ、
例えばだけどね。我々はそれを当たり前と解するわけだけれども。
それと、モーツアルトは言葉遊びが大好き、ベーズレとは
ある時期とても仲良しだったのさ。

110 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 23:27:32 ID:BvAkzqYB
ああけどなんでこんなのばっかりなのだろう。
こーゆー人たちは膨大な書簡のうちベーズレ書簡にしか興味を示さない。
音楽が愛されていればそれで十分だけど、、、

111 :名無しの笛の踊り:2010/05/18(火) 23:28:25 ID:r4SP/Ydr
>>107
>
モーツァルトだって毎日、朝から晩まで下品な言葉を
ところ構わず言っていたなどとは誰も思わないだろ?

2006年のザルツブルク音楽祭のフィガロの結婚で、
アーノンクールが普段着で指揮台に現れた。
着飾って上品ぽく振る舞う聴衆たちのハイソ気取りに対して、
あのグートの演出と合わせて、モーツァルトのどろどろした面を
見せつけるのが狙いだったとも言われてるね。

モーツァルトにはそういうところがあると思うよ。
表面上は品行方正に見せてる貴族たちも、裏ではいかがわしい
存在だと言うことはモーツァルトは子供の頃から見て知ってる。
王侯社会から市民社会に移行する時期でもあったわけだから、
そういうことに対する反感は多くの人たちが共有していたと思う。
モーツァルトにしても、上流階級のそういうすまし顔、
上品気取りにを引っぱがしてやりたいという衝動は持ってたと思う。

それが芸術になった典型がコシ・ファン・トゥッテと言えると思うな。
表面の皮をむいてしまって人間の本性を喜々としてえぐり出した作品だからね。
性格もあるのは確かだろうけど、ウンコとかいうのもレベルは違うが
根本ではそれと同じ衝動の結果だと思うな。


112 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 00:25:44 ID:X4Wn3pQu
糞尿潭というジャンル?があるんですね。モツの手紙はスカトロ文学の系譜に連なるものなのですか?

113 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 00:34:47 ID:emj0q8FW
モーツァルトの多彩な音楽と書簡に耳(目)を通すと
モツは生も性も聖も糞尿も、そして死も
全てを受け入れてたのが分かる気がする

114 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 12:21:53 ID:v/tT9zjQ
>>111さん、お詳しそうなので教えてください。
人は下品なのに、音楽はどうして上品なのですか?
それとも上品に聴こえるけど、実は下品なのですか?


115 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 12:43:49 ID:vGOpqksy
100%上品な人間はいないし、100%下品な人間もいない
ということだろう。誰だったか、昔の有名な人が
「モーツァルトのオペラには一般的な意味での善人もいないし
悪人もいない。すべての人間は状況によって善人にも悪人にも
描かれている」という趣旨のことを言ってる。
モーツァルトの人間観の鋭さとよく言われるのは
具体的にはこういうことなんだと思う。

モーツァルトに限らず、人によって比率の違いこそあれ
「上品な人」「下品な人」という具合に完全に分類することは
できないと言うのが現実だと思う。

116 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 13:07:22 ID:gKas8Shn
>人は下品なのに

なんで下品と決め付けるの?
このスレで、そのことについて説明してくれる人がいるにもかかわらず。

117 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 13:10:01 ID:qGQzFg6g
上品とか下品とかにこれといった定義は無いと思うが、しかしあの人は上品だねとか
あの人は下品で嫌だねと言われるとそうだねって頷いてしまうよね。これは何だろ?

118 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 16:48:35 ID:emj0q8FW
上品さや下品さといった概念は文化によって違う
宗教的背景や個人の価値観でも異なる
一つ言えることは
人間は一番崇高な生物でもあり一番下品な生物でもあり
一番高等な動物でもあり一番愚劣な生物でもある
モーツァルトもそんな人間だったということ

119 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 17:25:59 ID:emj0q8FW
もう一つ「時代によっても」だった
19世紀までは馬車が交通の手段ということもあり
あちこちに糞尿が散乱していて悪臭を放っていたとか
現代人の感覚では理解し難いことかもね

120 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 17:58:38 ID:9eW8J7VB
サリエリとの確執について考えてみるとモーツァルトの人となりが見えてくる。
サリエリが手紙などでモーツァルトを罵ったりした証拠はないけど、
レオポルトとアマデウスがサリエリを罵った証拠は腐るほどある。
喧嘩とかいがみ合いというよりも、モーツァルト父子が一方的に
サリエリを妬み、憎悪していたというのが正解だろう。

モーツァルトは下品ではないとか、性格は悪くないとか言ってみても説得力がない。
サリエリの成功を妬んだり、ウィーンで自分が高い地位に付けない原因を
確たる証拠もなくサリエリの妨害工作と決めつけるような人物なのだから。
冷遇され、出世しなかった原因は、そういう歪んだ性格にあるとしか思えない。
自分の方がサリエリより才能がある、という思いがそうさせていたのかもしれないが、
少なくとも当時の評価としては、人物のみならず作品の評価もサリエリのほうが上だったわけで。
悔しければ作品の評価を上げるべく努力するのが筋で、悪口雑言並べるのは愚かだ。

121 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 18:02:12 ID:emj0q8FW
>サリエリが手紙などでモーツァルトを罵ったりした証拠はないけど

証拠がないだけで事実はあったかもしれないんですね、わかります

122 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 20:13:56 ID:v/tT9zjQ
>>120
そういうの知ると、なぜモーツァルトが胎教とかにイイって言われるのか
わかんなくなるね。

123 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 20:34:03 ID:gKas8Shn
ID:v/tT9zjQ
お前、頭悪そうな野郎だな。

124 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 21:11:29 ID:9eW8J7VB
今日のサリエリの評価はあまりに低すぎる。
もう少し見直されても良いと思う。
聴いたことがない人は、とりあえずYoutubeでいいから聴いてみるべき。

http://3.ly/V64x
http://3.ly/0pxG
http://3.ly/8o8X

125 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 21:32:21 ID:fQKIi1hj
>>124
あんた一人サリエリの庇護者として頑張っているようだが、あんたが紹介した
サリエリの曲なんだけど、モーツアルトが爆笑したのは分かるような気がする
作曲技法とかの難しい事は分からないけど、どれもこれも幼稚というか、ダサイと
いうか、要するに洗練されてないという印象を受けるね

126 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 21:45:12 ID:9eW8J7VB
>>125
別にモーツァルトよりサリエリが素晴らしいとか言ってるつもりはないんですけど。
作風が違いすぎるので比較が難しいですし。
モーツァルトが好きな人は彼独特の軽妙で流麗な作風が好きなのでしょう?
しかし、モーツァルト嫌いの人はそのチャラさというか、軽々しさというか
それが嫌いなわけでして。
その辺を争ってもあまり得るものはないと思いますよ。
私はモーツァルトよりはヘンデル、ハイドン、ベートヴェンのほうがはるかに好きですけど、
結局好みの問題です。

127 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 21:56:13 ID:fQKIi1hj
>>126
>別にモーツァルトよりサリエリが素晴らしいとか言ってるつもりはないんですけど

え、そうなの?サリエリを見直そうって言ってるように思ったんだけど?

128 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 22:01:00 ID:9eW8J7VB
>>127
見直すというのは過大評価することではないと思いますが。
たとえば、テレマンの作品にも素晴らしいものが多くありますが、
今日ではバッハの名声があまりに大きいため、相対的に低く評価されています。
ですから、偏見抜きでテレマンに正当な評価を与えるのは重要なことでしょう。
つまり、サリエリを再評価するということは、それと同じことです。

129 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 22:06:32 ID:v/tT9zjQ
この中ですばらしいのはどれ?サリエリの曲なんだけど
http://www.youtube.com/results?search_query=Antonio+Salieri&aq=f

130 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 22:12:42 ID:+QPLBgls
ロッシーニだっけな、面と向かって「モーツァルトを殺害したのは本当ですか」と聞いたのは

131 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 22:35:52 ID:mv58yoAC
スレチだが、サリエリのオペラ・ブッファがデアゴスのオペラDVDで出ないかな
と期待している今日この頃

132 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 23:14:15 ID:TdpnBCU1
モーツァルト親子がサリエリを憎悪し罵っていたのは
>>120が言うように人間性だけの問題じゃなくて、
「イタリア人に有らずば音楽家に有らず」
「ドイツ人が作った音楽なんか野暮ったくて聴いていられるか」
と言う当時の常識があったからじゃないか?
このことは石井宏の本に詳しく書いてあるが。

133 :名無しの笛の踊り:2010/05/19(水) 23:53:41 ID:WrtBv8gq
>>132
その石井宏の本のタイトル教えてください

134 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 00:06:58 ID:cB8T+JAA
注意
この板には史実にしろレスにしろ、自分に都合の悪いことは
見えないっ、聞こえないって奇特な人がいます。
別に自分が気に入らない音楽家やその信者たちのネガキャン
のためにトボけてるとか、ボケたふりしてるわけじゃありません。
本当にただの無知・無理解から来る誤解の賜物なんです。

しつこい様ですが「ネガキャン」ではありますん!!

P.S.本人が言ってるんだから間違いない(キリッ

135 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 02:20:48 ID:gOsw6xqy
>>133
『反音楽史 さらば、ベートーヴェン』(石井宏/新潮社)

136 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 10:09:57 ID:apffxs6F
音楽界における派遣がイタリアからドイツ、オーストリアへ移行したのは、
ヨーロッパにおける政治経済的な派遣がメディチ家からハプスブルグ家に
移ったのと関係あるんじゃないかななどと夢想してみる

137 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 19:44:37 ID:DVKnKUIp
石井宏ってベートーヴェンのこと嫌いなんですか?
モーツァルトのことは好きですよね。

138 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 20:00:57 ID:9XlhCYH6
>>136
ハプスブルク家も17世紀の三十年戦争を境にそれまでの覇権を失っていく。
(神聖ローマ帝国の事実上の解体、スペイン家の断絶、
イギリスやフランスの強大化、プロイセンの台頭…)
しかし、ドイツ音楽の興隆はむしろそれ以降では?と言ってみる。
こうなるともうスレチだが。

139 :136:2010/05/20(木) 20:32:55 ID:apffxs6F
>>138
派遣じゃなくて覇権だよね。恥ずかしい!ハプスブルク家だけど第1次世界大戦の頃までは
絶大な威勢を誇っていたんじゃないの?ヨーロッパの王室のほとんだがハプスブルグ家と
姻戚関係にあったでしょ?なかでも悲劇の王妃マリーアントワネットが有名ですよね

140 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 20:53:14 ID:mD9DGgN5
さて、『一日成金』が思うように成功しなかったためか、
サリエーリはジョヴァンイ・バッティスタ・カスティと組んで
新作のオペラ『トロフォーニオの洞窟』を作曲し
1785年10月12日にブルク劇場で初演し成功を収める。
この成功の直後にヨーゼフ2世は一時解散したジングシュピール歌劇団を再結成させている。
このジングシュピール歌劇団の再結成は翌年、
サリエーリとモーツァルトの直接のオペラ対決を生むことになる。
それが、オランダ総督に対する祝宴でのサリエーリの
『まずは音楽、それから言葉』とモーツァルトの『劇場支配人』の2つの作品である。
この対決は、ヨーゼフ2世が与えた報酬からも分かるようにサリエーリの勝利に終わる。

出典:http://homepage3.nifty.com/classic-air/feuture/fueture_26.html


~因縁の序曲対決~
Prima la musica, poi le parole(まずは音楽、それから言葉)
ttp://www.youtube.com/watch?v=XAYyrV11lPc

Der Schauspieldirektor(劇場支配人)
http://www.youtube.com/watch?v=o3gqsVqlmTI

141 :136:2010/05/20(木) 22:03:28 ID:apffxs6F
ヨーゼフ2世がサリエリに軍配をあげたというのは、まあ当然だと思うんだけどね。
だってヨーゼフ2世はサリエリのスポンサーでしょ?いずれにしろモーツアルトの
存在があってサリエリが云々されるわけで、サリエリとの確執は気楽な宮廷楽士と
人気が支えのプロ作曲家との間の避けがたい確執のように思うんだけど

142 :138:2010/05/21(金) 12:38:08 ID:epFdYiVa
>>139
もちろん、累代の皇帝家であるハプスブルクは欧州一の名門であり続けたけれど、
ただ、「覇権」という点で考えると、
ハプスブルク・オーストリアの地位は欧州の「覇者」から「列強のひとつ」に落ちたといえるでしょう。
(大国ではあり続けたが、全体的な運勢は緩やかな下り勾配に転じた…)

なお、欧州の君主家は一般に姻戚関係だらけ。
婚姻外交という大きな意味があったし、
その家格ゆえに釣り合いの取れる相手は限られてもいたから。
(マリー・アントワネットとルイ16世の結婚は良い例で、
オーストリアが新興のプロイセンに対抗するために
積年の宿敵であったフランスとの同盟に踏み切ったことを象徴する出来事。
そもそもハプスブルクが発展したのも婚姻政策による領地獲得なしには語れない。
一方、ハプスブルクの一族でも貴賎結婚のために苦労した例もあったり。)

>>138で書いたようにスレチなので、これ以上のレスは控えます。スマソ。

143 :名無しの笛の踊り:2010/05/21(金) 16:45:59 ID:yWW0RxYd
モーツァルトが童貞を喪失した相手はペーズレなんですか?
違っていたら童貞を喪失した相手を教えてください。

144 :名無しの笛の踊り:2010/05/21(金) 22:52:29 ID:HpvIm6PH
マリーアントワネットです。

145 :名無しの笛の踊り:2010/05/22(土) 09:12:48 ID:FEzXTOOo
モーツァルトは有名だから、いろんな種類の人間のアンテナに
ひっかかってくるんだよね。死んで200年以上経っても有名税
を払い続けなきゃならない。まあ、名誉なことだよ。

146 :名無しの笛の踊り:2010/05/23(日) 07:28:59 ID:uKfk8LyM
モーツアルトは頭の回転速くて洞察も深いね。ただ自分の生活や
キャリアにとって重要な場面だと己の才能に確信がある分
あんまり冷静じゃない判断を下しているような気がする。
それと洞察が深い分思い込みの激しいところもときどきあって、
大抵はそれで間違ってないんだろうけれどもちょっとあれなこともあるみたいな。
まあ35で亡くなっちゃったから人間的成熟の途上だったということ
なのだろうけど、一方でやっぱり天才を感じるな、うん。

147 :名無しの笛の踊り:2010/05/23(日) 23:14:47 ID:Wnw57h0H
モーツァルト名言集
http://matome.naver.jp/odai/2124927844069379432

「他人の賞賛や非難など一切気にしない。自分自身の感性に従うのみだ。」

「音楽は、決して不快感を与えてはなりません。楽しみを与える、つまり常に“音楽”でなくてはなりません」


148 :名無しの笛の踊り:2010/05/23(日) 23:30:05 ID:ZWt2MrsY
>>140
当り前過ぎて意見するのも憚られるが、その対決はいわゆる出来レースだった
当時根強い人気だったイタリア語オペラのサリエリ、まだ実験段階だったドイツ語喜劇のモーツァルト
この競演や題材を提案したのは皇帝自らであるが、当の皇帝は1783年にドイツ国民劇場を閉鎖し
イタリア語オペラに熱を入れている最中だった

そもそもハプスブルク家の人間はモーツァルト一家を快く思ってなかった
「ティトゥスの慈悲」に向けて言い放った「こんなものはドイツ人の書いたゴミ屑」
を持ち出すまでもなく、ハナから差別意識があった
その原因はいくつか挙げられるが、
宮廷音楽家の職務をないがしろにして旅をしていた親子を本心では快く思ってなかった、
レオポルトが身分をわきまえず皇帝に直訴したことがあった、
マリア・テレジアの音楽教師だったハッセのオペラをモーツァルトのオペラが打ち負かしたことなど

149 :名無しの笛の踊り:2010/05/23(日) 23:57:26 ID:ZWt2MrsY
>>148
訂正orz
×イタリア語オペラに熱を入れている最中だった
○イタリア語オペラに熱を入れていた直後だった

150 :↓ブックマーク推奨:2010/05/29(土) 22:43:57 ID:Lvs+9m2J


NHKの極左売国捏造路線何とかなりませんか?19
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/nhk/1273991231/









151 :名無しの笛の踊り:2010/06/12(土) 13:08:48 ID:Y7qCCH3y
モーツァルトの身長は低かったらしいけど何cmだったんですか?

152 :名無しの笛の踊り:2010/06/27(日) 08:39:18 ID:UEznhBr7
モーツァルトの生涯はおもしろい

153 :名無しの笛の踊り:2010/06/27(日) 08:45:24 ID:uw9JalA2
>>151
プライベートなことなので遠慮しときます

154 :名無しの笛の踊り:2010/06/27(日) 08:50:17 ID:e/zXCH3J
>>151
山田一雄くらい

155 :名無しの笛の踊り:2010/07/17(土) 22:53:24 ID:tFN4o8//
モーツァルトの生涯について書いてある一番おもしろい本教えてください

156 :名無しの笛の踊り:2010/07/18(日) 17:12:26 ID:vht/PzJe

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  ri'             :.:::::ミ.:::::::::::i
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   l    ヽ,_;::::::,:',_、 .::' .:;'::':i_,/
   ! r';"';';;;;,'':::;'';;::.:ミ.、::r ':;:r:::!
   Y;;';.r‐'''‐'‐'':;';;:ミ ..:ミ:'::::'::::l 、
    'ヾ ",:,:';:: 、ヾ、 ミ、ミ:;:::::::;r' l:::ヽ
     ミ'; ::';;:;:;:.,、:、;.、 r'- '´ ,:'::::::::`
     ヾ'"!r;,'l;;rヾヾ''"   /::::::::::::::
     / ヾ'/     _,.-/´::::::::::::::::::::
    '--,-r'l__,r '´ /;::::::::::::::::::::::::::

 ダガ・コトワール [Daga Renoir]
    (1841〜1919 フランス)



157 :名無しの笛の踊り:2010/07/18(日) 17:20:15 ID:HuoCk10A
映画「アマデウス」の台本とか?

158 :名無しの笛の踊り:2010/07/18(日) 22:09:17 ID:yutyUBoX
>>155
>>95>>96

159 :名無しの笛の踊り:2010/07/20(火) 04:02:22 ID:L1tqtZKx
>>155
ランドン「モーツァルト 最後の年」
死因に関する考察がすごい。死の瞬間が目に浮かぶくらい詳細に書かれている。
この天才がこんなに痛ましい死に方をしなければならなかったなんてなあ…。

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